Official

98%
bg-main
TRIVE NINE

YOUR LOCATION ___x: 895 y: 1248

DISTANCE___65784

NOVEL

イラストノベル-タイトウトライブ編- 公開!

鳳王次郎によって新XB法の施行が宣言されて数日。
暴力による支配が肯定され世間が混乱に陥る中、タイトウトライブの上野弥次郎兵衛と桜花札の姿は――ある露天茶屋にあった。

茶屋の店員  「団子二人前、お待ちどー!」
上野  「はいはい、お待ちかねでしたよっと。やっぱりみたらしはこの店が一番です」
花札  「ったく、呑気に団子なんか食ってる場合かよ」

 

呆れ顔の花札に、上野は飄々とした調子で返す。

 

上野  「そうは言いますがね、ハナ。私たちが怖い顔をしてたら、周りが余計に不安がっちまうでしょうが。呑気にできるうちは呑気にしとくのが最良ってもんです。ウチも、ミナトみてぇに急な呼び出しがかかるかもしれませんし」

 

――鳳王次郎率いるチヨダトライブによる、ミナトトライブへの宣戦布告。
その知らせは、すぐさまネオトーキョー中に伝わった。
ゲームの申し込みなどという形式を取っているが、実態は出頭命令に近いものだ。

 

花札  「チッ、怪我人死人おかまいなしのXBなんて野暮なモン、頼まれたってやる気がしねぇぜ……」
上野  「チヨダだけでなく、他のトライブもよそへケンカを売り始めてますし、治安は順調に悪化してます。ウチはまだ落ち着いてる方ですが、いつ火の粉が飛んでくるやら……」
???  「あっ、あの!」

 

と、そのとき。
ふたりのもとへ、息を切らせて少女が駆け込んできた。

 

上野  「おや? あなたは……」

 

少女の顔には見覚えがある。たしか、近隣に住む男の一人娘だ。
親子仲が良く、ふたり揃って街を歩いているところを何度か目にしたことがある。

 

少女  「お願い……お父さんを……お父さんを助けて!」

 

泣き腫らした目でしゃくり上げる少女を前に、上野と花札は一瞬、視線を交錯させた。

 

上野  「穏やかではなさそうですね」
花札  「だな……ほら落ち着け。べっぴんが台無しだぜ」
少女  「ううっ……お父さん……」
上野  「何があったのか教えてくれますか?」

 

少女は袖で涙を拭うと、とつとつと事情を話し始めた。

 

少女  「新しいバッティングセンターができたって聞いて、お父さんと遊びにいったの。そしたら、そこ、普通のバッティングセンターじゃなくて、“賭けバッセン”のお店だったみたいで……」
花札  「“賭けバッセン”だぁ?」
上野  「……聞いたことはあります。バッティングセンターで金銭を賭け、一球勝負をする、って遊びでしたか」
花札  「へえ。バッセンでの一球勝負たぁ、ちっとは気合いの入った連中じゃねぇか」
上野  「それが公平な勝負なら、ですが」

 

この少女が助けを求めてきたところを見るに、気持ちのいい勝負とはいかなかったのだろう。

 

少女  「……ルールは簡単そうだったし、お父さんも昔XBしてたからとってもノリ気で……でもそのバッセン場、なんか変で……」

 

少女の父親が打ったボールは、なぜか思ったように飛ばなかったのだという。
その結果に、父親は『何かおかしい。これはイカサマだ!』と訴えた。
だが、店は聞く耳を持たず、多額の請求を突きつけるばかり。
最後には『金が払えないなら』と父親をどこかへ連れていってしまったらしい。

 

花札  「これも、新XB法の影響ってやつか?」
上野  「どうでしょう。この子の話を聞く分には、ゴロツキどものアコギな商売ってとこじゃないですかね」

 

少女は泣き腫らした目で、上野と花札を見上げる。

 

少女  「……お父さん、助けられる?」

 

少女の不安そうな表情とは裏腹に、ふたりは平然と頷いてみせた。

 

上野  「ええ、もちろん。私たちにお任せください」
花札  「しょーもねぇ連中には、灸をすえてやんねぇとな」

 

かくして、上野と花札は“賭けバッセン場”へ乗り込むことを決めたのだった。

 

////////////////////////////////////

 

タイトウシティの一角。
少女と父親が騙されたという、件のバッティングセンター。
ふたりはその前に立っている。

 

花札  「回りくどいのはナシだ。正面から行こうぜ」
上野  「出たとこ勝負ってワケですかい? まったく、ハナらしいことで」

 

“賭けバッセン場”の内部は、一般的なバッティングセンターよりかなり広い。
一見すると、スタジアムと間違えてもおかしくない大きさだ。
ただ、至る所が金ピカに塗装されており、オーナーの成金趣味が見て取れる。

 

???  「これはこれは、上野さんに花札さんじゃあありませんか!」

 

バッティングセンターへ足を踏み入れたふたりを、小太りの男が出迎えた。
上野がひょいと眉を上げる。

 

上野  「おや、私たちのことをご存知で?」
蔵前  「もちろんですとも。頭脳明晰なリーダーである上野さんと、ネオトーキョーきっての武闘派の花札さんを知らない者なんて、そうはいますまい! ああ、申し遅れました。ワタクシ、当施設の支配人で蔵前重蔵と申します」

 

――蔵前重蔵。
覚えのある名前に、上野は花札へ耳打ちする。

 

上野  「……悪徳高利貸しで有名な、蔵前一家の組長ですね」
花札  「ふん、やっぱりカタギじゃねぇじゃねーか」

 

花札が鋭く睨みつけるが、蔵前は不敵な調子を崩さない。

 

蔵前  「おふたりが遊んでくださったら、我々の店にも箔がつくというものです。当店は一発勝負を楽しむ娯楽屋なのですが、先日も勝負の結果をイカサマなどと、無粋なことを申し立てるお客様がいらっしゃいまして……」

 

蔵前はわざとらしく言葉を切り、にやりと笑みを深くした。
“無粋な客”というのは、先ほどの娘の父親のことだろう。上野は、軽く探りを入れる。

 

上野  「その無粋なお客はどうしてるんですかい?」
蔵前  「お元気ですよ。ウチの施設でちょっとばかりお手伝いをしていただいていますが、お支払いが済んだら、すぐにでも解放しますとも」
花札  「笑わせるぜ、ハナっから払えるとは思ってなかったくせによ」
蔵前  「なんと……! それはひどい言いがかりです!」

 

蔵前は大仰に、ショックといわんばかりの表情を浮かべる。
不機嫌そうに鼻を鳴らす花札を、上野がなだめた。

 

上野  「まあまあ、ハナ……失礼しました、蔵前さん。無礼のお詫びにと言っちゃなんですが、ひとつ、私たちもここで遊ばせてもらえませんかね? お金ならそれなりに持って来てるんです」

 

上野がたもとに手を入れると、蔵前の目が一瞬、鋭い光を帯びた。
しかし、取り出したものが札束と見るや、すぐさま鷹揚なオーナーの顔を取り戻す。

 

蔵前  「ええ、ええ、もちろんです! 景気のいいお客様は大歓迎ですとも」

 

上野と花札をバッセン場へ通すと、蔵前は”賭けバッセン”のルールを説明し始めた。

 

フィールドにはいくつか“的”があり、それぞれに倍率が設定されている。
“ヒット<2倍>”、“ホームラン<10倍>”など、難しい“的”ほど倍率が高い。
ピッチングマシンが射出するボールを打ち返して“的”に命中させれば成功。
賭け金に“的”の倍率をかけた賞金をゲットできる、というルールだ。

 

ただし、ボールを打ち返せなかった場合や“的”を外した場合は失敗。
賭け金は没収となる。

 

花札  「ああ? あんな的に当てるだけでいいのかよ」

 

花札がいぶかしむのも無理はない。
“ホームラン<10倍>”の“的”などは距離が遠く、当てにくそうに見える。
だがそれでも、XBプレーヤーであれば簡単に当てられる程度のものだ。

 

上野  「賭け金も、こっちで指定していいんですかい? ずいぶんと良心的なことで」
蔵前  「ウチはお客様に楽しんでいただくのが第一ですから……ああ、もしお金がなくなりましたら、ワタクシどもからお貸しすることもできますので、お気軽におっしゃってください」

 

どうにも、蔵前には絶対負けない自信があるらしい。
その態度からして、この“賭けバッセン”がまともな勝負でないことは明らかだ。

 

いったい、何を仕掛けているのか……
じっと思案する上野の横を、花札が颯爽と抜けていく。

 

花札  「じゃ、オレから行かせてもらうぜ」
上野  「何か仕掛けがあるはずです。気をつけてくださいよ、ハナ」

 

上野の言葉に、花札は不敵な笑みで応じた。
今から得体の知れないゲームに挑むにもかかわらず、まるで気後れした様子もない。

 

花札はまっすぐにバッターボックスへと歩いていき――
その足取りがキュッと反転する。

 

花札  「……わり、持ち合わせなかったわ。金貸してくれ、ヤジ」

 

さっきの威風堂々とした姿はどこへやら。
気まずさを全身からにじませる花札に、上野は苦笑した。

 

////////////////////////////////////

 

上野  「はぁ〜……“また”素寒貧なんですかい?」
花札  「またとか言うな! たまたまだっつーの!」

 

やいやいと言い争う上野と花札。
なんとも気が抜けそうなやり取りを見つめながら、蔵前は笑みの下で警戒を強める。

 

賭け金は任意の額。ゲームの続行や終了も思いのまま。
倍率のいい簡単な“的”も、そこらに設置してある。
XBプレーヤーならクリアできて当然の、簡単なゲーム。

 

だからこそ、絶対に出ない“当たり”が出るまで、挑戦者はバットを振り続け――
あっという間に借金地獄に陥ってしまう。
ここはそういう“賭けバッセン場”だ。

 

ここでなら、実力者と名高い上野と花札だって、破滅へ追い込むことができる。
蔵前はそう確信していた。

 

上野  「お金がないなら無理してプレーしなくていいんですよ?」
花札  「うるせー、男に二言はねえ」

 

――どうやら、花札が先に挑戦するらしい。
蔵前は手ににじんだ汗を、こっそりと拭う。

 

誰が挑戦しようと、ここの仕掛けを破れるはずがない……
蔵前は、己のホームグラウンドに絶対の自信を持っている。
とはいえ……相手はあの“桜花札”だ。
数々の伝説を打ち立ててきた伝説級のXBプレーヤーを前に、緊張は高まっていく。

 

向こうもバカではない。まずは少額を賭けて、様子見してくるだろう。
その間にこちらも万全の調整をして――

 

上野  「はいはい……で、いくら賭けるつもりなんです?」
花札  「ま、100万ってとこだな」

 

蔵前  「100万だと!?」

 

初球とは思えないいきなりの大金に、蔵前の額に冷や汗が伝う。
まさかこのゲームの仕掛けを見抜いているというのか……!?
いや、あのふたりがこの“賭けバッセン場”へ来たのは、今日が初めてのはず……

 

上野  「まったく、仕方ありませんねぇ……」
花札  「へへ、いつも悪ぃな! ……ほらよ。こいつで1プレー頼むわ」

 

上野から渡された札束を、花札はカウンターの上へぞんざいに投げ捨てた。
初球に100万なんて馬鹿げた賭け方をしておいて、まるで気負った様子がない。
よほど自分の腕に自信があるのか、あるいは既に勝ち筋を見出しているのか――

 

蔵前  「へ、へえ……ではこちら、お預かりします…へへ……」

 

蔵前は札束を受け取ると、背後に控えていた子分を小声で呼びつけた。

 

蔵前  「お、おい! ピッチングマシンを最速に……それから、桜花札に例のバットを渡せ。あの仕掛けは破れねぇはずだが念のためだ……!」
子分  「へ、へい!」

 

子分は慌てて走っていき、店の奥から持ってきたバットを花札に渡す。

 

花札  「おいおい、なんだ? このボロっちぃバットはよ」
子分  「た、大変申し訳ありません。今ウチにはこちらしかバットの用意がありませんで……へへっ……」

 

花札に渡したのは、今にも折れてしまいそうなボロボロのバットだ。
ボールの芯を捉えることはおろか、花札の剛腕なら素振りしただけでもポッキリいってしまいかねない。

 

蔵前はニヤニヤと笑みを深める。

 

蔵前  「どうします、花札さん。やめておきますか? もう賭け金はいただいておりますがね……」
花札  「うるせー。やるっつっただろーが」

 

花札はぼやきながら、バッターボックスに立つ。

 

花札  「ったく、チンケな小細工しやがって……つっても、あっちが本命なんだろうけどな」

 

その目はまっすぐに、一番遠くにある“的”を射抜いていた。
ちらり、とその視線が横に逸れるが……なんということはない。
遠くに立っている上野が、花札の方をじっと見つめていただけだ。

 

花札  「ほら……さっさと来いよ」

 

花札が静かに構えを取った。
手にしているのはボロボロのバット。
だというのに、打席に立つ花札が纏う気迫は凄まじい。

 

蔵前  (球速は最速だ。あんなバットじゃ打てるはずがない……!)

 

フィールドに沈黙が満ちる。
そして、ピッチングマシンが豪速球を撃ち出した。
並大抵のXBプレーヤーでは打ち返せない最速のボール、それを――

 

ボロのバットが正面から打ち返す。

 

蔵前  「なっ、なんだとっ!?」
子分  「や、やべえ!」

 

肝を抜かれ、あんぐりと口を開ける蔵前たち。
その姿をあざ笑うように、花札の打ち返したボールは美しい軌道を描いて飛んでいく。

 

上野  「ハナはね、バッティングに関して天才的な勘を持ってるんですよ。ボロいバットでも、そこらのキセルでも、球を飛ばすくらい朝飯前ってワケです」
蔵前  「くっ、クソ……っ!」

 

歯噛みして蔵前はボールの軌道を見守る。
打球はぐんぐんと飛距離を伸ばし、まっすぐに“ホームラン<10倍>”の的へ迫り――

 

その軌道が突然、途中で折れた。
打球は何かに阻まれたようにゴンと鈍い音を立てたかと思うと、空中で跳ね返って地面に落ちたのだ。

 

蔵前  「は……はは、フハハハハッ!」

 

緊張から解き放たれた蔵前の笑い声が、高らかに響き渡る。

 

蔵前  「いや〜〜残念でしたねぇ! 狙いはバツグンでしたが、まさか途中で失速してしまうとは!」

 

蔵前が施した仕掛けとは、言ってしまえばごく単純なもの。
極めて透明度の高い強化ガラスで作った、“見えない壁”である。

 

装甲車にも用いられる強化ガラス。
それを“的”の四方に張り巡らせ、あらゆる角度からの命中を防いでいるのだ。
正面を避け壁に当ててバウンドを狙う、といった抜け道も存在しない、完璧な守り。

 

解決方法はたったひとつ、ガラスを力ずくで破ることだが――
桜花札の打球の勢いをもってしても、不可能だったという訳だ。

 

花札  「…………」

 

花札は折れたバットを手に、撃ち抜くはずだった“的”を黙って見つめている。
まんまとこちらの術中にハマってしまい、さぞかし悔しかったことだろう。

 

その顔を拝んでやろうとして――蔵前は気づいた。

 

蔵前  (なっ……笑ってる、だと……!?)

 

蔵前の仕掛けにまんまとしてやられたはずの花札。
その口元には、面白がるような笑みが浮かんでいたのだ。

 

////////////////////////////////////

 

勝負に負け、賭け金の100万をふいにしたにもかかわらず、笑っている花札。
その得体のしれなさに、蔵前は背筋を寒くさせる。

 

しかし、次に声を掛けてきたのは、上野の方であった。

 

上野  「いやー、ハナのやつ、見事に外しやがりましたね」
蔵前  「そっ、そうですね。ワタクシも花札さんのホームランが見られず残念ですよ、ええ」
上野  「これじゃタイトウトライブの面目が立ちません。どうでしょう、もうひと勝負やらせてもらえませんかね? 賭け金は……これくらいで」

 

そう言って上野が取り出した金額に、蔵前は目を見張った。
提示された札束は、先ほどよりもかなり分厚い。
目算でもざっと1000万以上はあるだろう。

 

たった今、100万も失ったばかりだというのに、いったい何を考えている?
これほど強気に出るということは、何か策でも思いついたのか……

 

蔵前  「ぜ、ぜひとも……と言いたいところですが、あいにくバットの予備がありませんで……」

 

蔵前はチラリとバッターボックスに視線を向けた。
花札に渡したボロのバットは、さっきの一振りでポッキリ折れてしまっている。

 

上野  「なら、この番傘でどうですかい? ただの傘ですが、棒切れの代わりにはなりましょう」

 

及び腰になる蔵前に上野はずずいと歩み寄り、手に持っていた番傘を押しつけてくる。
蔵前はそれをそのまま、隣に控えている子分に渡し、顎をしゃくる。

 

持ち込みの得物だ。何かあるに違いない……
そう思って検分させたのだが、子分は傘を調べ終え、戸惑った様子で首を横に振った。
蔵前の予想に反し、上野が渡してきたのは、本当に何の変哲もない傘であるらしい。

 

上野  「蔵前さん、泣きの一回です。どうにかお願いできませんかね?」

 

葛藤する蔵前の目の前に、1000万の札束がちらつく。
あと1回勝負すれば1000万……あと1回守りきれば……

 

うず、と伸びる手を、蔵前は抑えきれなかった。

 

蔵前  「……わかりました。上野さんの顔を立てましょう。ただし、こちらからも条件があります。次の勝負は……上野さんに挑戦していただきます」

 

設置した強化ガラスの強度は相当なものだ。
だが、花札ほどの力自慢の打球を何発も耐えきれるかには不安がある。

 

その点、上野は頭こそ回るものの、腕や身体は一般人より細いくらいだ。
何発打ち込まれたところで、蔵前のガラスが破られることはないだろう。

 

さて、あとは上野がこの誘いに乗るかどうかだが――

 

上野  「ありがとうございます。では、ゲーム成立ということで」

 

しかし、上野はあっさり頷くと、番傘を手にバッターボックスへ歩いていった。
その足取りは飄々として、とても1000万を賭けたとは思えない。

 

子分  「大丈夫なんですかね、親分……? 上野の野郎、なんか企んでいやがるんじゃ……」
蔵前  「……へっ、ちぃとばかし頭が回ったところで、ガラスの壁がどうにかなるかよ。桜花札ですら壊せなかったんだぜ。あんなヒョロガリに何ができる?」
子分  「へ、へへっ、ですよね! 完全なカモっすね!」

 

正直なところ、ひとつだけ引っかかっていることはある。
負けた直後の花札が見せた……あの笑みだ。
あれを思い出すと、不気味な予感にゾッと鳥肌が立つ。

 

だが、どれだけ考えても、蔵前の側に負ける要素があるとは思えなかった。
1000万の大勝負を前に慎重になっているだけだと、自分に言い聞かせる。

 

いや金だけではない。
この勝負に勝てれば、タイトウトライブの実権を握ることだって不可能ではないはずだ。
上野なんて頭脳だけが取り柄のヒョロガリ野郎。その打球を、止めさえすれば――

 

上野  「それじゃ、ハナ。次は私の番ですよ」
花札  「おう、一発頼んだぜ」

 

花札は場所を譲って、軽い調子でバッターボックスから出ていく。
そして、打席に立った上野は、番傘をひょいと握りなおすと――

 

上野  「さて……ちょいと早いですが、蔵前一家の親分さん。この勝負は私たちの勝利です」

 

番傘の先を蔵前へ向け、“ホームラン予告”をしたのだった。

 

////////////////////////////////////

 

蔵前  「なに……?」

 

突然の宣言に、蔵前の頭は完全にストップした。
まだ上野はボールを打っていない。ガラスに覆われた“的”も無事だ。
花札はバッターボックスから離れた場所にいるが、腕を組んでニヤニヤするばかりで、何かしている様子はない。

 

だというのに、上野たちの勝ちとはどういうことだ……!?

 

上野  「ハナのやつは、打席に立ったときにはもう、イカサマに気づいてたんですよ。気づいた上でワザと負けたんです」
蔵前  「い、イカサマなどとんでもない! タイトウトライブのリーダーともあろう方が、負け惜しみですか!?」
上野  「まぁ、イカサマについては、もはやどうでもいいことです。私が言いたいのは、ハナは“あえて私に打順を回した”ってことでしてね」

 

飄々とした上野の口ぶりにカッと血が上る。
そのまま口を開きかけ、蔵前はすんでのところで冷静を保つ。

 

蔵前  「上野さんが打席に立って、いったいどうなるというんです? 花札さんが撃ち抜けなかった的を、なよっちい上野さんが……いえ、頭脳派の上野さんが壊せるとでも?」
上野  「おや、ずいぶんと甘く見られたもんです。なら、ご期待に応えるとしましょう」

 

上野はにこにこ笑ったまま、番傘をバットのように構えた。
どこまでも舐め腐った態度に、蔵前の目の前はいよいよ真っ赤になる。

 

蔵前  「おい、何やってる! さっさと始めろ!」
子分  「あっ、あの親分、球速はもちろん最速で……?」
蔵前  「いや、マシンのリミッターを解除だ! マシンが壊れても構わん!」
子分  「へ、へいっ!」

 

蔵前が怒鳴り散らし、子分が慌ただしく走っていく。
その様子を横目に見ながら、花札は小声で笑う。

 

花札  「……だとよ。やっちまえ、ヤジ」

 

ピッチングマシンがけたたましい音を立てて起動する。
ブゥン、とマウンドが揺れた。

 

蔵前  「あの生意気な若造に、目にもの見せてやる……やれぇっ!」

 

蔵前の命令とともに、ピッチングマシンからボールが発射された。

 

――速い。
まるで矢のように、空を切ってボールが飛んでいく。
その速さは、花札のときとは比べ物にもならない。

 

上野が番傘を握り直す。
その全身から、凄まじい気迫が立ち上る。

 

上野  「とくと御覧じろ、ってね」

 

常人では目で追うことも難しいほどの豪速球。
その中心を――番傘の軌跡がなぎ払っていた。

 

カキーン……!
小気味よい音が、バッティングセンターに高く響きわたる。

 

蔵前  「んなっ……なんだってええええ!」

 

マシンの限界を超えて発射されたボール。
そんな豪速球を打ち返すなんて芸当は、並の腕力では不可能なはずだった。
ましてや、上野が使ったのはなんの変哲もない、ただの番傘である。
だというのに、上野は苦もなく打ち返し、その打球は鋭い軌道を描いている。

 

そして――バリン! と、”賭けバッセン場”にまた音が響いた。
上野の打球が強化ガラスを突き破り、“ホームラン<10倍>”の的を貫いたのである。

 

蔵前  「そ、そんなバカな……! 花札の打球にも耐えたガラスだぞ! それを、あんなヒョロガリ野郎に……!?」
上野  「頭だけで上に立てるほど、タイトウトライブの頂は甘くないんですよ」

 

がっくりと、蔵前はその場に膝をつく。
その顔には脂汗がびっちり浮かび、全身はがたがた震えていた。
さっきまで勝利を確信していたとは思えない、あまりに惨めな姿だった。
その蔵前を、花札は呆れた様子で見下ろす。

 

花札  「つーか、オレの打球に耐えただって? 笑わせるぜ。あんなの手加減してやったに決まってんだろーが」
蔵前  「な、なんだと!?」

 

がばっと顔を上げた蔵前に、花札は淡々と真相を突きつける。

 

花札  「一球目でオレが勝っちまったら、テメーはもうウチと勝負しねぇだろ。そうすっと、ウチの仲間がふんだくられた金を取り戻せねえ。だからオレはイカサマに気づいた時点で負けたふりして、テメーがよりでけぇ額の賭けに乗るよう仕向けたってワケだ」
蔵前  「我々を欺いただと!? ま、まさか、そんなはずは……桜花札は力一辺倒のパワープレーヤーのはず……!」
上野  「そりゃ、認識が甘ぇってもんです。ハナのような実力者といわれるプレーヤーが、ただの脳筋バカなわけねぇでしょう」

 

やれやれ、と肩をすくめている上野を、蔵前は信じられない気持ちで見上げた。

 

蔵前  「だ、だが、いつ示し合わせたというのだ!? イカサマに気づいたのは、打席に立った時だったはず……負けたふりをしただの、賭け金がデカくなるよう仕向けただのと、いったいどうやって……!」
花札  「は?」
上野  「そんなこと……」

 

上野&花札  「「目ぇ見りゃ全部わかる」」

 

上野と花札は当然だとばかりに、声を揃える。
そんなことあってたまるかと、蔵前はやり場のない怒りに地面を殴りつけた。

 

頭ばかり働くと思っていた上野が、実は並のプレーヤー以上の剛腕の持ち主で、
力だけが取り柄だと思っていた花札が、計算高さを持ち合わせていたなんて……

 

上野  「さて、ショックを受けているところ申し訳ありませんが……ルールはルールです。私たちの賞金をいただくとしましょうかね」
花札  「1000万の10倍だから、オレらの取り分は1億ってことだな」
蔵前  「んなッ!?」

 

上野は笑顔を浮かべているが、その目はまるで笑っていない。
蔵前はここにきて初めて理解した。
自分は、ケンカを売る相手を間違えてしまったのだ、と。

 

花札  「これがオレたち、タイトウトライブだ」
上野  「この街に手を出した落とし前は、きっちりつけさせてもらいましょう」

 

////////////////////////////////////

 

“賭けバッセン場”での出来事から数日後。
タイトウトライブのアジトには、一通の手紙が届いていた。

 

上野  「あの子からです。“お父さんを助けてくれて、ありがとう”ですって」

 

蔵前らによって連れ去られていた少女の父親は、上野と花札によって無事に救出された。
借金のカタに危険な現場での労働を強いられていたが、救出が早かったために大きな怪我もなく、元の生活に戻れているという。

 

上野  「ハナへのメッセージもあります。“怖いおじさんだと思ってた花札さんが、優しくてよかったです”って」
花札  「“おじさん”は余計だろーがよ」

 

文句を言いつつも、花札は笑っている。

 

蔵前一家はタイトウシティから身を引くことにしたようだ。
あの“賭けバッセン場”は引き払われていた。
同時に、タイトウシティ内で発生していた詐欺が、いくらか鳴りを潜めたとも報告が上がっている。
あれだけ痛い目を見たのだ。しばらくの間、悪さをすることはないだろう。

 

とはいえ、この平穏も一時のものだ。
街が少し落ち着きを取り戻しても、外側ではまだ混乱が続いている。
新XB法をなんとかしない限り、不穏の種が尽きることはない……

 

上野は頭を振って思考を止める。今考えても、仕方のないことだ。

 

上野  「そういえば……あの親子の分を取り戻しても、だいぶ金が余っちまいましたね」
花札  「へっ、ちょっとしたあぶく銭だな。オレとオメーで山分けするか?」
上野  「まぁ、たまにはいいでしょう。じゃあ、こっちはハナの分ですね」

 

上野は、手元の金をいくらか花札の膝もとへ移動させる。

 

上野  「そして、こっちが私の分」
花札  「うんうん」

 

残りの金額を、自分の近くへ移動させる上野。
花札は機嫌よさそうに、ちょうど半分になった金の山を眺めている。

 

が、その直後。

 

上野  「あっ! 忘れるところでした!」

 

上野が思い出したかのように声を上げた。

 

花札  「ん? いきなりどうした?」
上野  「まだ精算していないお金があったでしょう。ほら、”賭けバッセン場”でハナに貸した、100万ですよ」
花札  「げっ! いや、えっと……ありゃ、敵を油断させるための作戦だっただろ! 必要経費だ、必要経費!」
上野  「油断をさせるためなら、なおさら100万なんて必要ねーでしょうが。変なとこで見栄張った分を、必要経費とは呼ばねぇんですよ」

 

花札はぎくりと体を揺らす。
その間に、上野は花札の山からさっと札束を自分の方へ移動させた。

 

花札  「うぐっ……ま、まぁ、仕方ねえな。こういう貸しをいつまでも抱えてんのは、粋じゃねぇしよ……」
上野  「おっ、言いましたね。でしたら……」

 

上野は自分の方へ、さらに札束を引き寄せる。
一度はこらえた花札だったが、それには憤って立ち上がった。

 

花札  「おい! さすがにこれはオレの分だろうが!」
上野  「いえいえ、これは“貸し”を返してもらってるだけですよ。飲み屋のエッちゃんと、団子屋のユキちゃんへのツケ、まだ払ってねぇでしょう? ああ、それから先月私から借りてった分ももらってませんし。あと他にも……」
花札  「ちょ、ちょ、ちょい待てって……!」

 

花札が止めるもむなしく、上野の手は止まらない。
どんどん差し引かれていく取り分に、花札の目も思わず潤んでいく。

 

そうして精算は進み――最後に残ったのは、ちょっとの小銭であった。
額にしてちょうど茶屋のお茶一杯分、といったところだろう。

 

上野  「貸しをいつまでも抱えてんのは、粋じゃねぇんでしょう?」
花札  「そりゃねーよぉ……」

 

しなしなと畳に転がるも、すべては覚えのある出費。身から出た錆だ。
上野に対し、ぐうの音も出ない花札だった。